大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)2337号 判決 1980年2月19日
原告
マクダーミツド・インコーポレイテツド
外1名
被告
株式会社ヤマトヤ商会
外1名
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第1申立
(原告ら)
1 被告らは別紙イ号目録(2)記載の銅の蝕刻溶液を製造販売してはならない。
2 被告らはそれぞれその保管にかかる上記第1項記載の銅の蝕刻溶液を廃棄せよ。
3 被告らは各自原告マクダーミツド・インコーポレイテツドに対し金5000万円、原告上村工業株式会社に対し金2640万円および上記各金員に対する昭和51年5月22日からそれぞれ支払いずみに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告株式会社ヤマトヤ商会は原告マクダーミツド・インコーポレイテツドに対し別紙謝罪広告目録記載の掲載文面どおりの広告を同目録記載の要領により同目録記載の各新聞に各1回宛掲載せよ。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに第1ないし第3項につき仮執行の宣言。
(被告ら)
主文第1、2項同旨の判決。
第2原告らの請求原因
1 原告らの権利
1 原告マクダーミツドは下記特許権(以下本件特許権といい、その発明を本件特許発明という)の権利者であり、原告上村工業は上記権利につき昭和51年1月26日専用実施権設定登録を受けた専用実施権者である(設定契約日は同50年3月1日)。
(1) 発明の名称 銅の蝕刻溶液
(2) 出願 昭和44年5月26日(特願昭44-40835)
(3) 公告 昭和48年11月12日(特公昭48-37502)
(4) 登録 昭和49年6月29日(第734001号)
(5) 特許請求の範囲
但し、昭和52年1月24日付訂正審決(昭和49年審判第10843号、昭和51年3月1日請求公告-特許審判請求公告第354号)による訂正後のもの。
「水と亜塩素酸ナトリウムと水酸化アンモニウムと、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウム、重炭酸アンモニウム及びそれらの混合物からなる群から選ばれるアンモニウム塩とから本質上なる銅蝕刻溶液であつて、前記硝酸塩と塩化物の少くとも1つは常に存在し、また前記亜塩素酸塩濃度は約0,1モル/lないし飽和までであり、前記アンモニウム塩濃度は約0,2モル/lから飽和までであり、かつまた水酸化アンモニウムは本溶液に最小PH約9,0を生成する量で存在する銅蝕刻溶液。」
2 本件特許にかかる銅蝕刻溶液の構成要件およびその目的とする作用効果は次のとおりである。すなわち
(1) 本件特許の銅蝕刻溶液は
(イ) 水
(ロ) 亜塩素酸ナトリウム
(ハ) 水酸化アンモニウム
(ニ) ①塩化アンモニウム、
②硝酸アンモニウム、
③重炭酸アンモニウム、および
④それらの混合物からなる群から選ばれるアンモニウム塩、
(但し、上記塩化アンモニウムと硝酸アンモニウムの1つは常に存在する)
を構成成分とし、所定の濃度を包含するものである。
(2) しかして、本件特許発明は、従来、アルカリ性領域におけるアンモニア性亜塩素酸溶液を用いる銅の蝕刻溶液を制造するため
(イ)' 水と、
(ロ)' 亜塩素酸ナトリウムと
(ハ)' 水酸化アンモニウムと
(ニ)' 重炭酸アンモニウム
が使用されていたのに対し、上記構成成分の一つである(ニ)'重炭酸アンモニウムの一部を塩化アンモニウムまたは硝酸アンモニウムで置換して安定的な2価の銅錯イオンを発生させ(上記置換によつて生ずる2価の銅錯イオンは単に銅の蝕刻速度を増大させるのみならず、銅の蝕刻をなし1価の銅錯イオンに変じた後も空気に触れることによつて更に2価の銅錯イオンに転化して蝕刻能力を復活しこの結果蝕刻溶液の安定と寿命の延長につき著るしい効果を発揮するものである)、蝕刻速度および溶液の安定性、経済性に改良を加えたものである。
2 被告らの侵害行為
1 被告らは昭和47年2月ごろから共同して業として銅の蝕刻溶液を「アルカ・エツチ」なる商品名で製造販売しているが、上記商品のうち昭和51年4月末ごろまでに製造販売されたもの(以下、旧イ号品という)の構成成分は別紙イ号目録(1)記載のとおりであり、同52年8月ごろ以降に製造販売されているもの(以下、新イ号品という)の構成成分は、別紙イ号目録(2)記載のとおりである。
2 しかして、上記イ号目録(1)記載の亜塩素酸塩が亜塩素酸ナトリウムであることは、原告らにおいて旧イ号品を入手してその成分を分析したところ、ナトリウムイオンが検出されたことから明らかであり、現に被告ヤマトヤの作成した「アルカ・エツチ品質検査手順書」中にもその組成成分中に亜塩素酸ナトリウムを包含することが明記されている。
そして、上記分析結果を総合すると旧イ号品の組成は上記イ号目録(1)記載のとおりと認められ、これが本件特許の技術範囲に属することは明らかである。
なお、上記「品質検査手順書」によると被告ヤマトヤの製品出荷時のPHの基準数値が9.2プラスマイナス0.1とされていることが明らかであり、同被告はアンモニウムの蒸発によるPHの低下を補償するため水酸化アンモニウムを加えて作業中のPHを9.0~9.6に保つよう「アルカ・エツチ説明書」により指示している。
3 また、新イ号品の組成成分も前記イ号目録(2)に記載したとおりであつて、基本的には旧イ号品のそれと同一でありこれまた本件特許の技術範囲に属するものである。
ただ、新イ号品においては、旧イ号品において使用されていた塩化アンモニウムの一部が硫酸アンモニウムに置換され塩化アンモニウムの量が若干減少されている。
しかし、元来、硫酸アンモニウムによつて形成される錯イオンの蝕刻能力は塩化アンモニウムによつて形成される錯イオンの蝕刻能力より著るしく劣るものである。しかるに、被告らがあえて能力の低下をもたらす硫酸アンモニウムを添加しているのは、本件特許の侵害を免れんとするためにほかならず、本件特許の改悪利用ないしは迂回方法以外の何ものでもない。
4 よつて、被告らは新、旧イ号品を製造販売することにより本件特許権を侵害し、かつ現に侵害しているものである。
3 原告らの損害
1 そして、被告らは、本件特許出願公告日である昭和48年11月12日以降に前記商品「アルカ・エツチ」を製造販売することが原告らの本件特許権ないし専用実施権を侵害する違法な行為であることを知りながらこれを行つているものであり、そうでないとしても少くとも過失によりこれを知らないで行つているものと推定されるから(特許法103条)、被告らは上記侵害行為によつて原告らが蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
2 しかるところ、被告らが昭和48年11月以降に製造販売している「アルカ・エツチ」の販売数量は月間平均100キロリツトルを優にこえており、(イ)本件特許出願公告の日である昭和48年11月12日から原告上村工業のために専用実施権設定登録がなされた日の前日である昭和51年1月25日までの約26.5カ月の間に合計2650キロリツトル、(ロ)上記専用実施権設定登録日である昭和51年1月26日から同年4月30日までの約3カ月間に合計300キロリツトル、を下廻わらぬ「アルカ・エツチ」が製造販売されたことが明らかである。
3 しかるところ、被告ヤマトヤは上記「アルカ・エツチ」の販売により1リツトル当り少くとも50円を下らぬ利益を得ており(同被告が実際に得ている利益はその平均販売価格220円より製造原価等諸経費合計127円を差引いた93円を下らないものと推定される)、同被告が上記2(イ)の期間中に得た上記商品の販売利益は合計1億3250万円を下らない。
そして、上記利益額は原告マクダーミツドが受けた損害の額と推定されるから(特許法102条1項)、同原告は上記期間中に少くとも上記利益相当額の損害を蒙つたことになる。
4 また、原告上村工業は、昭和49年8月ごろより本件特許権に基づく銅の蝕刻溶液を製造し(前記専用実施権設定以前は通常実施権による)これを「アルフアイン」なる商標で販売しているものであり、被告らを除けば我国で唯一の銅蝕刻溶液の製造販売業者である。
したがつて、被告らの前記違法行為がなければ、前記(2)(ロ)の期間中、現実に販売した数量とは別に少くとも被告らの前記販売数量と等しい300キロリツトルを下らぬ「アルフアイン」を販売し得たはずである。
そして、原告上村工業が「アルフアイン」の販売による利益は1リツトル当り88円を下らない。
よつて、原告上村工業は上記期間中被告らの前記違法行為により少くとも300キロリツトルを下らぬ売上減少を余儀なくされ合計2640万円を下らぬ損害を蒙つた。
4 業務上の信用の毀損
被告ヤマトヤは前記の如く故意または過失により原告マクダーミツドの本件特許権を侵害したばかりでなく、同原告がその中止を求めたのに対しことさら本件特許の効力を争い原告マクダーミツドの業務上の信用を著るしく毀損した。
その信用回復のためには別紙謝罪広告目録記載のとおりの謝罪広告がなさるべきである。
5 本訴請求
よつて、原告らは本件特許権およびその専用実施権に基づき、被告両名に対し現に製造販売している別紙イ号目録(2)記載の新イ号品の製造販売の差止めとその廃棄ならびに昭和51年4月末日まで別紙イ号目録(1)記載の旧イ号品を製造したことにより蒙つた前記損害金(ないしその内金)として原告マクダーミツドは金5000万円、原告上村工業は金2640万円求よび上記各金員に対する被告らに対し本件訴状が送達された日の翌日である昭和51年5月22日からそれぞれ支払いずみに至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求め、あわせて原告マダーミツドは被告ヤマトヤに対し請求の趣旨記載のとおり謝罪広告をすべきことを求める。
第3被告らの答弁
1 請求原因1の事実中、原告らがそれぞれその主張のとおり本件特許権の設定登録および専用実施権の設定登録を受けていたこと、本件特許権の「特許請求の範囲」の記載およびその構成要件が原告ら主張のとおりであること、本件特許発明が原告ら主張の如く既知の銅蝕刻溶液の組成成分の1つである重炭酸アンモニウムの1部を塩化アンモニウムまたは硝酸アンモニウムで置換したものであること、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。
2 請求原因2の事実中、被告ヤマトヤが本件特許出願公告前より「アルカ・エツチ」なる商品名で銅蝕刻溶液を製造販売していることは認めるが、その余の事実は否認する。
3 その余の請求原因事実は全て争う。
第4被告らの主張
1 被告大和化工は銅蝕刻溶液の製造も販売もしていない。
2 被告ヤマトヤが製造販売している銅蝕刻溶液は同被告が独自に開発したものでありその組成成分は別紙イ号目録(3)記載のとおりであるから、本件特許の技術範囲に属しない。すなわち
(1) 本件特許発明は、原告らが自認するとおり銅酸化剤として亜塩素酸ナトリウムを使用する公知公用の銅蝕刻溶液において、それに併用する溶解助剤たる重炭酸アンモニウムの1部を塩化アンモニウムまたは硝酸アンモニウムに置換したことを特徴とするものである。
(2) 一方、被告ヤマトヤが製造する銅蝕刻溶液は、
(1) 銅酸化剤として従来工業用材料として全く使用されることのなかつた亜塩素酸アンモニウムを使用する独自のものであり、この点において銅酸化剤として亜塩素酸ナトリウムを使用する従来技術や本件特許発明とは基本的に技術思想を異にするものであり、かつ
(2) 溶解助剤として塩化アンモニウムや硝酸アンモニウムを全く使用せず硫酸アンモニウムを使用する点においても、溶解助剤である重炭酸アンモニウムの一部を塩化アンモニウムまたは硝酸アンモニウムに置換したことを特徴とする本件特許発明とはその技術思想を異にするものである。
(3) したがつて、被告ヤマトヤが製造販売する「アルカ・エツチ」は本件特許発明の技術範囲に属しない。
3 のみならず、本件特許発明については既にこれを無効とする審決がなされ、該審決は確定した。したがつて、本件特許発明の技術範囲ないし被告らによる侵害の有無を論ずるまでもなく原告らの本訴請求は全て理由がない。
(1) 前記本件特許発明の特徴とするところは、その出願前に米国において頒布された刊行物たる米国特許第3231503号明細書に記載され、かつ昭和42年2月17日に刊行されたフランス特許第1469901号公報においても開示されていた。
(2) そこで、被告ヤマトヤはこれを理由として昭和53年5月22日付をもつて原告マクダーミツドを被請求人とする本件特許無効審判の請求をした(特許庁昭和53年審判第7308号事件)。
(3) しかるところ、特許庁は昭和54年3月22日「前記米国特許の明細書には本件特許発明の銅蝕刻溶液と実質的に同一の銅蝕刻溶液が記載されており本件特許発明は特許法第29条1項3号の規定に違反して特許されたものであり、同法第123条第1項第1号の規定により無効とされるべきものである」として本件特許を無効とする旨の審決をした。
(4) そして、上記審決の騰本は昭和54年4月9日までに前期当事者双方に送達されたが、その後所定期間内に上記審決に対する取消訴訟は提起されず該審決は確定した。
(5) よつて、原告らの本訴請求は全て理由がない。
第5証拠
(原告ら)
1 甲第1ないし第5号証、第6号証の1、2、第7ないし第13号証、第14号証の1、2、第15、第16号証
2 証人荒木建
3 乙号各証の成立は認める。
(被告ら)
1 乙第1号証の1ないし3、第2ないし第4号証、第5号証の1ないし3、第6号証
2 甲第1ないし第5号証、第6号証の1、2、第7ないし第13号証の成立は認める。その余の甲号各証の成立は不知。
理由
1 本訴請求原因事実中、原告らがそれぞれその主張のとおり本件特許権の設定登録および専用実施権の設定登録を受けていたこと、本件特許発明が既知の銅蝕刻溶液を原告ら主張の如く改良したものであること、被告ヤマトヤが本件特許出願公告前より「アルカ・エツチ」なる商品名で銅蝕刻溶液を製造販売していること、以上の事実については当事者間に争いがない。
2 被告らは本件特許発明の技術範囲ないし被告らによる侵害の有無を論ずるまでもなく本件特許の無効が確定したから原告らの請求は理由がない旨主張している。そして、成立に争いない乙第3、第4号証、第5号証の1ないし3、第6号証によれば上記主張事実はすべてこれを認めることができる。
3 そうすると、本件特許権は初めから存在しなかつたものとみなされるので(特許法第125条)、上記権利およびこれに基く専用実施権の存在を前提とする原告らの本訴請求はその余の点の判断に及ぶまでもなく全て理由がないこと明らかである。
よつて、原告らの本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法第89条、第93条を適用して、主文のとおり判決する。
(畑郁夫 上野茂 中田忠男)
<以下省略>